マリア
2009年 Dorothy著
僕がドアを開けると『拷問係』が泣いていた。
「何故仕事を完遂しない?」
「私には出来ません、あの女はマリア様なんです」
僕は舌打ちをして部屋に入った。
有機的な臭いが鼻を突く汚いコンクリートの部屋。窓はない。
女『水銀』は笑っていた。聖母の慈悲の微笑み。薄気味悪い女だ。
「君がレジスタントであることを認めたら、すぐ天国に連れて行けるんだけどな」
「可哀相な兵隊さん」
「俺はこれで飯を食ってるんだよ」
僕は電気の通う警棒を、女の痣だらけの肩に押し付けた。
拘束された女の体は衝撃で跳ね上がった。女の尿が堅い椅子を滑り落ちる。
女は微笑んでいる。
全くやりにくい仕事が回ってきたものだ。
「どうやら『自白』する気はないみたいだね。君は助かりたいのかい?」
「良いのよ、あなたたちはあなたたちの仕事をしなさい」
僕は煙草に火をつけた。
こいつは早く殺してしまうに限ると誰かが耳元で囁いた。
「そうさせてもらおうかな、拷問のあげく死に至ったとしても、自白が得られなくとも僕は仕事をしたことになる」
「あたしは誰も憎まないわ。あなたたちの罪は全てあたしが許すの」
僕はこめかみが脈打つ音を確かに聴いた。
「許す!! 許すだって?!」
僕は大声で笑った。
拷問の代わりに強姦に屈した女を嘲笑う幹部(僕はその男を心底軽蔑している)よりも下品な笑いだったに違いない。
女は初めて不思議そうな顔をした。
釘を打たれたあと剥がされた爪、腫れて塞がった片目、犯された性器と肛門。
それらにふさわしからぬあどけない疑問符。
「君が僕を許すだって?」
僕はまだ笑いがおさまらない酸欠の肺から問いかけた。
「そうよ、だからあなたが罪悪感を感じる必要はないわ。あたしを傷つけることがあなたたちの仕事なんだから」
なるほど、新兵には荷が重いわけだ。
銃殺の夜、悪夢にうなされるガキにこの女は殺せないだろう。
僕は短くなった煙草を女の開いている方の眼に押し付けた。
女は妙な声を出して痙攣したが、また薄い笑みをたたえて云った。
「本当に可哀相なひと。あなたは罪悪感に耐え切れなくて狂っているんだわ」
「君の云う通りだったとしてそれがどうだって云うんだい?
君も狂っているのさ。
苦痛から逃れるために聖母だと思い込んで脳内麻薬で痛みを紛らわせているんだよ」
僕はそう云いながら女の指を切り落とした。
一本切り落とすごとに女の笑みは薄れていった。
「どうしたんだい? 慈悲を僕にくれるんだろう?」
喉の奥で笑いが止まらない。
ナイフから飛び散った女の血が口の中に入り、僕はうっとりとそれを味わった。
「さあこれで良い」
女が困惑した顔で僕を見上げた。
女のただれた口に彼女の指を詰め込んでやる。
彼女は咳込みながら切り落とされた自分の指を吐き出した。
救えると信じた悪魔憑きに負けた宣教師の絶望。
『レジスタントは口を割らず、尋問の最中に死亡しました』ってとこだろう。
「ひとつ、良いことを教えてあげよう」
女の開かない目が微かに広がった。
「僕は君なんかに許してもらわなくても、自分で自分を許しているんだよ」
云い終わると同時に、僕は女の額にナイフを突き刺した。
今日の仕事はなかなか面倒だったなと思いながら、僕は酒場の女の尻を思い出していた。
「何故仕事を完遂しない?」
「私には出来ません、あの女はマリア様なんです」
僕は舌打ちをして部屋に入った。
有機的な臭いが鼻を突く汚いコンクリートの部屋。窓はない。
女『水銀』は笑っていた。聖母の慈悲の微笑み。薄気味悪い女だ。
「君がレジスタントであることを認めたら、すぐ天国に連れて行けるんだけどな」
「可哀相な兵隊さん」
「俺はこれで飯を食ってるんだよ」
僕は電気の通う警棒を、女の痣だらけの肩に押し付けた。
拘束された女の体は衝撃で跳ね上がった。女の尿が堅い椅子を滑り落ちる。
女は微笑んでいる。
全くやりにくい仕事が回ってきたものだ。
「どうやら『自白』する気はないみたいだね。君は助かりたいのかい?」
「良いのよ、あなたたちはあなたたちの仕事をしなさい」
僕は煙草に火をつけた。
こいつは早く殺してしまうに限ると誰かが耳元で囁いた。
「そうさせてもらおうかな、拷問のあげく死に至ったとしても、自白が得られなくとも僕は仕事をしたことになる」
「あたしは誰も憎まないわ。あなたたちの罪は全てあたしが許すの」
僕はこめかみが脈打つ音を確かに聴いた。
「許す!! 許すだって?!」
僕は大声で笑った。
拷問の代わりに強姦に屈した女を嘲笑う幹部(僕はその男を心底軽蔑している)よりも下品な笑いだったに違いない。
女は初めて不思議そうな顔をした。
釘を打たれたあと剥がされた爪、腫れて塞がった片目、犯された性器と肛門。
それらにふさわしからぬあどけない疑問符。
「君が僕を許すだって?」
僕はまだ笑いがおさまらない酸欠の肺から問いかけた。
「そうよ、だからあなたが罪悪感を感じる必要はないわ。あたしを傷つけることがあなたたちの仕事なんだから」
なるほど、新兵には荷が重いわけだ。
銃殺の夜、悪夢にうなされるガキにこの女は殺せないだろう。
僕は短くなった煙草を女の開いている方の眼に押し付けた。
女は妙な声を出して痙攣したが、また薄い笑みをたたえて云った。
「本当に可哀相なひと。あなたは罪悪感に耐え切れなくて狂っているんだわ」
「君の云う通りだったとしてそれがどうだって云うんだい?
君も狂っているのさ。
苦痛から逃れるために聖母だと思い込んで脳内麻薬で痛みを紛らわせているんだよ」
僕はそう云いながら女の指を切り落とした。
一本切り落とすごとに女の笑みは薄れていった。
「どうしたんだい? 慈悲を僕にくれるんだろう?」
喉の奥で笑いが止まらない。
ナイフから飛び散った女の血が口の中に入り、僕はうっとりとそれを味わった。
「さあこれで良い」
女が困惑した顔で僕を見上げた。
女のただれた口に彼女の指を詰め込んでやる。
彼女は咳込みながら切り落とされた自分の指を吐き出した。
救えると信じた悪魔憑きに負けた宣教師の絶望。
『レジスタントは口を割らず、尋問の最中に死亡しました』ってとこだろう。
「ひとつ、良いことを教えてあげよう」
女の開かない目が微かに広がった。
「僕は君なんかに許してもらわなくても、自分で自分を許しているんだよ」
云い終わると同時に、僕は女の額にナイフを突き刺した。
今日の仕事はなかなか面倒だったなと思いながら、僕は酒場の女の尻を思い出していた。