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2003年 Liz
あ…、あたし、雨の音は好きだったんだ…。
台風が横切っていく時の、あの風と、雨は好き。
あの中に居るとさぁ、本当に渦みたいに、風が回ってる感じがしない?
きっと、物凄い速さで進んでるんだろうけど、ゆーったりぐーるぐる。
と思ったら今度は急に静けさが。
一時だけ。
中心はとても静か。
記憶の中からの想像が、様々なボリュームで、現状に添った嵐の音を耳よりも、もっと奥に響かせる。
向こう側では相変わらず、激風に木々が煽られ続け、アスファルト諸共大きな雨粒の大群に撃たれ、ボロボロ。
何ひとつ気にも止めず、ジリジリと移動して来た「目」に、いざ突入すると、そこは、それまでとは全く違う、未知の世界だった。
温かく分厚い風に全身を包み込まれ、身を委ねると、この上無く心地良い。
それはまるで、春の、僅かな期間だけにある、見つけ難いからこそ貴重な、自然な眠りの、訪れの様な。
胎児の頃を、羊水に浮かんでいた頃を、明確に思い出してしまえるのではないかと錯覚する程の。
他の、あらゆる、冷たい雨風だけじゃ無く、危険なもの、汚いもの恐いもの痛いもの全てを跳ね返し、吹き飛ばし、私を護ってくれている。

これが、ずっと、続けばいいのに…。

緊張感は薄れ、やがて無くなり、その連鎖によって瞼は閉じられる。
特別な温水に導かれ、ゆらゆら浮かび漂っている様な至福の時。
それでも、少しずつ、温かな壁は薄くなってゆき、リアルな音が徐々に聞こえ始め。
どこからかの隙間風か、若干寒さも感じて来た。
異変に気づき瞼を開くと、状況があまりに変わり過ぎて来ている。
信じたくない。
この場所はどこかへ行ってしまうのだろうか。
手放したくはなかったのに。
選別された冷風は吹き込んで来る度、体の芯を凍らせる。
本当に、一番恐ろしいものとは。
それは、これまで側に居た、この空間を作り出すことの出来る「目」そのものだという事に、気付いてしまった。
次の瞬間、私はその中からすり抜けさせられる様に、眼下で蠢く黒い渦へ、少しの躊躇も無くサラリと放り落とされた。
空を切る僅かな抵抗など、何の意味も無く。
だが、黒い手迄の到達は、異常に長く、遅く、感じられた。
時として感覚は、現実を覆い尽くし、興味深い現象を引き起こす。
束の間の中に。
常に空腹の黒いモノは、もがく私を、薄笑いを浮かべ、嬉しそうに引きずり込む。

そして。
去ってゆく、目は見ていた。
何か変化はあったのか。
横目でこちらを。
気付くことはあったのだろうか。
「じゃあな。」
と言った気がした。

何か一つだけでも。