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壁の何でもないシミ

2005年 木戸隆行
 書き急ぐのが僕の特徴だとするなら、どんどん書き急げばいいんじゃないかと思う。分からないが、そんなリズムなのだ。僕にリンクしてくれている同時代の素晴らしいアーティストたちに寺山修司という共通のキーワードが見え隠れすることを今日発見して、読んだことがないのでまったく分からないのだが、分からないまま勝手に想像して、自分自身を自分自身が想像する彼に重ね合わせて行くのも大変良いことだと思う。彼の名前のsyuという部分が何となく速そうだし。
 音とリズムとそれらの意味──この三要素のシンクロと瞬間的なズレ(=ねじれ)の運動がすべてだと思う。
 例えばビジュアル本のような意味合いで、言葉によるイメージ本が作りたい。言葉のコラージュが本として総じて作品であるような、意味深で、しかし無意味で、ジョナソン・キーツ風に「より良く誤解される」ような、イメージそのものの塊であるような、そんな本が作りたい。そこには詩だけでなく、辞書の一語の抜粋があったり、日記であるとか、走り書きのメモとか、長編詩に添えられた挿絵のようなメモとか、予言めいた拙い格言とか、実はすべてこうしたものが詩に他ならなかったり、例えば向かいのマンションの頭に載っているひしゃげた室外機みたいに、日常そのものが生々しく詰め込まれたような、リアルに一主体の内容そのものであるような本が作りたい。作品集ではなく一冊の作品として、読み終えた後もすぐ手に取れる場所に置いておきたい、そんな本が作りたい。
「ない言葉」というのを探していて、それが結局見つからない感じ──とでも言えばいいだろうか?妄想論破が快感であるなら。でも、それではいつまで経っても「効率化」しかできない。それに最近壁の何でもないシミをじっと見つめられなくなった。これは重症だ。休養しよう。