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正方形

2004年 木戸隆行
 一辺がちょうど僕の夢くらいの長さでできている正方形の中で、僕たちはアダムとイブのように過ごした。そこにはイスもなく、水もなく、まして本もなく、夜すらなく、果てしない渇きと終わりなき白昼のなかで、言いつけられた自由と性的な競争心だけが重苦しくのしかかっていた。
「のりこえなきゃいけないのは、あなたの方でしょう?」と彼女はいつも言った。
 確かにその通りだった。だから僕は何気ない日々のほんの些細な動作のあいだにも、その言葉の意味を暗唱するのだった。
 彼女の背中が見える。彼女の背中の曲線が静かにねじれる。僕はこの場所にゴシック風の大理石でできた巨大な柱を何本か持ち込めたら、どれだけ彼女の美しさが引き立つだろうかと思う。柱は横たわる彼女の身体に影を落とし、分かてない2つの領域を生み出すだろう。つまり神々しさ、妖艶さだ。その時には僕は、さらに気の置けない男友達も欲しがるかもしれない。なぜなら男は柱の陰で彼女と密会し、僕はそれを見て見ぬ振りをするだろうから。柱から交互に見え隠れする男と彼女の後ろ髪から、最悪の事態だけを豊かに想像するだろうから。
 その時僕はありもしない嫉妬に燃え、彼女の腕を強く引きながら、力強く正方形から踏み出すだろう。あるいは、僕は彼女に腕を振りほどかれ、失意の中、子を失った象のように飛び出せるだろう。そして僕の夢のなかには彼女と男だけが残される。──僕の夢の中なのに。