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回り道

2005年 木戸隆行
 あるポイントA点の周囲をぐるぐるぐるぐると回って、何週か走った後に「いま何週ですか?」と道ばたの老女に聞くと、彼女は「私と私の未来との、ちょうど真ん中を越えたくらいだわね」と教えてくれた。1:57、確かにそれくらいかもしれない。彼女は僕の礼を見届けると、そのままふらふらと歩いて行った。僕はまた走り出した。
 風はない。いや、僕の走る速度と同じ速さで追い風が吹いている。
 今走っている僕が今度走るとすれば、それはどんな円周の外だろうか?リンゴの木の2本生えた楕円とも言える植え込みの、青々とした芝の茂る円周だろうか?それとも、中央に巨大なモニュメントを備える石畳の円周だろうか?その円周には腰掛け用の背の低い石の椅子があり、椅子にはそれぞれ一人ずつ老父が座っている。目の見えぬ者、それから音の聞こえぬ者。それは僕の2つの未来であり、僕の2つの過去だったに違いない。
 僕は走り続けている。re:jazzのKeep On Movin’が聞こえる。いつか僕は2人の老父の間を突っ切って、音のする方へ、その方角へ走って行くのだろうか。うつむいた老父の横を、あるいは天を仰いだ老父の側を、僕はどのような顔で抜けるのだろうか。
 僕は拳を固く握りしめる。僕の手が汗ばんでいる。僕は息をしていない、だからまったく乱れていない。僕は可能な限り不意に見えるタイミングで円周に駆け入った。僕の中で何かが弾ける。それは僕の中を拡がって行く。僕は致命的な過ちを犯した人たちがするのとまったく同じ方法で、徹底的に沈黙する。僕には話す言葉がない。僕には話せる言葉がない。また、上げる顔すらない。
 僕は円周の石畳を、縁だけ踏むようにして走り抜けた。モニュメントから離れて、茂みの裏を回って。ひどい耳鳴りがする。追い風が急に吹き始めて、振り向くと、老父たちは僕のいる方角へ手を高々と振っていた。